地域主導型森林管理の国際的な潮流:住民参加が拓く持続可能な森林生態系
はじめに
森林保全は、地球規模の気候変動対策や生物多様性維持において極めて重要な役割を担っています。近年、その効果的な推進のためには、地域住民の積極的な関与と主導が不可欠であるという認識が国際的に高まっています。本記事では、地域主導型森林管理(Community-Based Forest Management, CBFM)の概念、その重要性、そして国内外の具体的な成功事例を通じて、住民参加がどのように持続可能な森林生態系の維持に貢献し得るのかを深く掘り下げてまいります。
地域主導型森林管理(CBFM)とは
地域主導型森林管理(CBFM)とは、森林とその周辺に暮らす地域住民が、森林資源の管理・利用計画の策定から実行、監視に至るまで、主体的な役割を果たすアプローチを指します。これは、政府や企業といった外部の主体が一方的に管理するのではなく、森林に最も近い存在である地域コミュニティが、その伝統的な知識や慣習に基づき、科学的知見も取り入れながら、自律的に森林を管理していくことを目指します。
このアプローチは、単にボランティア活動としての参加に留まらず、資源の利用権や管理責任を地域に委譲することで、住民が森林の持続的な利用と保全に強いインセンティブを持つことを促します。その結果、生態系の健全性が保たれるだけでなく、地域住民の生計向上や文化の継承、地域コミュニティの結束強化といった多面的な効果が期待されます。
CBFMの国際的な展開と成功事例
CBFMは、アジア、アフリカ、ラテンアメリカを中心に世界各地で実践され、顕著な成果を上げています。
ネパールのコミュニティフォレストリー
ネパールは、CBFMの成功事例として世界的に注目されています。1970年代から進められたコミュニティフォレストリー(Community Forestry)プログラムは、森林管理権を地域住民組織(Forest User Groups, FUGs)に委譲するものでした。これにより、住民は薪炭材や牧草、非木材林産物(Non-Timber Forest Products, NTFPs)などの資源利用が可能となり、その収益の一部は地域開発に再投資される仕組みが構築されました。
このプログラムの結果、荒廃していた森林の植生回復が進み、生物多様性が向上しただけでなく、住民の生計が安定し、女性の社会参加も促進されました。FUGsは、森林の監視や違法伐採の防止、植林活動などを通じて、地域における森林保全の中心的な担い手となっています。
日本における里山管理の再評価
日本においても、伝統的な里山管理はCBFMの思想と共通する要素を多く持ちます。里山は、薪や炭、肥料などの資源供給地として、また多種多様な生物が生息する場として、地域住民によって長年管理されてきました。しかし、近代化に伴いその管理は衰退しましたが、近年では、NPO法人や地域住民グループが主体となり、荒廃した里山の再生活動に取り組む事例が増えています。
例えば、放置竹林の整備による竹炭生産や、間伐材を利用した木工品の開発、あるいは森林セラピーといった新たな価値創出を通じて、里山の持続的な管理と地域活性化を両立させる試みが行われています。これは、地域固有の文化や知恵を活かしながら、現代的な課題解決に繋げる好例と言えます。
CBFM成功のための鍵
CBFMが持続的な成果を生み出すためには、いくつかの重要な要素があります。
- 明確な権利と責任の枠組み: 地域住民が森林資源の管理・利用に対して明確な法的権利と責任を持つことが、主体的な参加を促す上で不可欠です。
- 参加型アプローチと能力強化: 住民が意思決定プロセスに積極的に関与し、森林管理に必要な知識や技術を習得できるよう、研修やワークショップを通じた能力強化が求められます。
- 外部組織との連携: 行政機関、研究機関、NPOなどの外部組織が、技術的支援、資金援助、政策提言などで地域コミュニティをサポートする体制が重要です。
- 経済的インセンティブ: 森林からの持続的な恵み(非木材林産物、エコツーリズム、炭素クレジットなど)が、住民の生計向上に繋がり、保全活動への意欲を高めます。
課題と展望
CBFMは多くの可能性を秘める一方で、いくつかの課題も抱えています。例えば、資源アクセス権の公平な配分、高齢化に伴う知識や技術の継承、外部市場の変動への対応、そして気候変動による新たな脅威への適応などが挙げられます。
これらの課題に対し、地域コミュニティは、より多様なステークホルダーとの連携を強化し、革新的な資金調達メカニズムを導入し、伝統的な知識と最新の科学技術を融合させることで、適応力を高めていく必要があります。将来的には、CBFMが地域レベルだけでなく、国家や国際的な森林政策の中核に位置づけられることで、より広範な影響力を持つことが期待されます。
まとめ
地域主導型森林管理は、森林保全の新たなパラダイムとして、その重要性を増しています。地域住民が森林の管理者としての役割を担うことで、生態系の健全性維持に加え、地域の社会経済的発展にも貢献することが実証されています。ネパールの事例や日本の里山管理に見られるように、地域コミュニティの知識、経験、そして主体的な行動こそが、持続可能な森林生態系を未来に繋ぐ鍵となるでしょう。
私たちは、地域住民の力を最大限に引き出し、外部からの適切な支援と連携を促進することで、地球規模の森林保全目標達成に貢献できると考えております。